最近では、神社ガール、歴女という言葉があるくらい、お寺でおこなわれる坐禅や伝統文化などに興味をもっている方が増えています。
そのため、引っ越し先の近くにどのようなお寺があるか気になっている方もいらっしゃると思います。
ここでは、東京都大田区にお住まいをご検討されている方に向けて、東京都大田区にある法光山善慶寺の概要や見どころなどの魅力をご紹介します。
東京都大田区にある法光山善慶寺の魅力!概要
東京都大田区にある法光山善慶寺は、もともと法光山と称し、宗祖がご入滅してから10年、当新井宿村の住人である増田三郎右衛門が中老僧日法上人に帰依し、1292年に建立されたものであると伝えられています。
善慶寺が広く知られるようになったのは、1677年の新井宿義民六人衆の歴史に残った事跡が大きく関係してきます。
義民六人衆の義挙に対する良き理解者かつ協力者である、第十九世遠妙院日宣上人と第二十世証源院日応上人が六人衆の処刑時に当時の禁をおかして遺骸を当山墓域に葬りました。
今では、多くの方々が供養のために足を運び、六人衆供養の墓地と石碑は東京府史蹟となっています。
そして、六人衆の1人、太郎兵衛の末裔、間宮新太郎家にて発見された事件の訴状帖は善慶寺に納められており、貴重なる郷土史の文献として東京都文化財に指定されています。
東京都大田区にある法光山善慶寺の基本情報は、以下のとおりです。
●所在地:東京都大田区山王3-22-16
●アクセス:JR京浜東北線「大森駅」山王口より徒歩約8分
東京都大田区にある法光山善慶寺の魅力!見どころ
東京都大田区にある法光山善慶寺の見どころは、上記でも述べたとおり、新井宿義民六人衆の霊場です。
新井宿義民六人衆墓は、善慶寺墓地一側のほぼ中央にあり、村人の間宮藤八郎が自分の父母の墓という名目で、1679年に建てたものになります。
1931年に墓地は東京府指定の史跡となり、石碑も墓の傍らに移されました。
墓には、正面に藤八郎の父母の法名があり、墓石の裏面に6人の法名が刻まれています。
そして、当時、飢餓に苦しむ村人の代表として、幕府への直訴をしようとし打首となってしまった6人への感謝と供養のため、年間行事となっている毎年2月にある慰霊感謝祭は盛大に催されています。
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まとめ
東京都大田区にある法光山善慶寺の概要と見どころなどの魅力をご紹介いたしました。
新井宿義民六人衆への感謝と供養のため、毎年2月には盛大に慰霊感謝祭が催されているので、お近くに引っ越された際には訪れてみてはいかがでしょうか。
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